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日本酒の歴史 

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日本酒の始まり

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日本酒の歴史は稲作とともに始まった弥生時代と考えられています。日本酒について最も古い書物は10世紀頃の「延喜式」で、その中に「造酒司」というお酒の造り方が書いてあります。

この時代は、誰もが日本酒を飲めたわけではなく農耕祭礼や収穫に感謝する祭りの時にお酒を造り神にそなえた後飲むだけだったそうです。室町時代中期、京都の市内では三百件もの造り酒屋があり幕府は酒屋からの税を重要な収入と考え、酒屋の発展を支援していました。この頃、”三段仕込み”や”火入れ”といった日本酒造りの特徴的な技術が僧坊酒(そうぼうしゅ)によって完成されたと伝えられています。僧坊酒は、鎮守さまに供えるためお酒が必要なので良質のお酒を造ることが求められました。 それによって酒造りの技術は大いに発達し、「多聞院日記(たもんいんにっき)」などその記録が残っています。

江戸時代初期までは1年間に計5回お酒を仕込んでいましたが、 冬に仕込む「寒づくり」が良い事が明らかになり、低温長期発酵といった醸造条件上も重なり「寒づくり」が主流となります。この時代の高級酒なお酒は、1升(1.8リットル)当たりの値段が大工さんの日当に匹敵したといいます。そんな中で、世界にはなかった画期的な酒造りの技術が次々と生まれ江戸中期頃には、海運事業や問屋組織の確立と共に日本酒は大きな産業として発展していきました。明治後半には速醸法が開発され国立の醸造試験場が建てられます。ここからお酒の製造に対して科学が必要不可欠の要素だということが日本に広く認識し始めました。昭和初期には技術革新が相次ぎ新型の精米機、酵母の培養など、業務に対する必要な計器機器類はすべて揃いました。ビン詰めの酒が売り出されて1902年(同35年)には、1升ビンも登場しました。現在、さらに技術も進み優れた機械もありますが、日本酒造りには、機械でも真似できない複雑で高度な工程があり長年培ってきた杜氏の技とセンスが今もなお必要となっています。

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口噛み酒

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”お酒”の起源と呼ばれているものは口噛み酒と言われています。中南米、アジアなど広い範囲で紀元前から広まっており、沖縄では明治まで祭事用の酒造りとして受け継がれていたものです。 米を噛み吐き出したものに水を加えると唾液中のアミラーゼで米のデンプンが糖化して甘くなり空気中に浮遊している野生酵母が落下してきます。酵母がアルコール発酵を引き起こしお酒になるというわけです。原料は米に限らず、アワ・ヒエ・トウモロコシ等すべての雑穀が使われていました。

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果実酒

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日本で最初のお酒は果実酒です。縄文中期(紀元前4000年から3000年)には、木苺や山葡萄などの果実酒を造っていました。 縄文人は行事になると土器に山の果実を仕込んでアルコールの芳香が出るのを待ったと考えられます。 糖質を含む果実は容器に入れると、果皮に付いている沢山の野生酵母の働きでアルコール発酵が起こり自然に果実酒ができるというわけです。

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