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世界遺産 白川郷

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白川郷の合掌造り集落

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世界遺産白川郷を初めて世界に広めたのは1935年(昭和10年)ドイツの建築学者ブルーノ・タウトです。タウトは御母衣の遠山家を調査する目的で白川郷を訪れました。 遠山家は白川村で一番大きな合掌造りの建物で、ブルーノ・タウトは合掌造りを極めて論理的、合理的で日本の珍しい庶民の建築と考え合掌造りを高く評価し、その後ブルーノ・タウトの 著書 「日本美の再発見」によって白川郷は世界に広く紹介され注目を集めるようになります。

 

1995年12月 ドイツ・ベルリンで開催されたユネスコ第19回世界遺産委員会で 日本から推薦されていた「白川郷・五箇山の合掌造り集落」が世界遺産として登録されました。文化財の保存に取り組んできた村全体の長年の努力が世界的にも認められ、人類共有の遺産として今後も住民が生活しながら保存されていくことでしょう。

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日本世界遺産の歴史

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・ 法隆寺地域の仏教建造物  1993年12月 【文化遺産】
・ 姫路城  1993年12月 【文化遺産】
・ 屋久島  1993年12月 【自然遺産】
・ 白神山地  1993年12月 【自然遺産】
・ 古都京都の文化財  1994年12月 【文化遺産】
・ 白川郷・五箇山の合掌造り集落  1995年12月 【文化遺産】
・ 広島平和記念碑(原爆ドーム)  1996年12月 【文化遺産】
・ 厳島神社  1996年12月 【文化遺産】
・ 古都奈良の文化財  1998年12月 【文化遺産】
・ 日光の社寺 1999年12月 【文化遺産】
・ 琉球王国のグスク及び関連遺産群 2000年12月 【文化遺産】
・ 紀伊山地の霊場と参詣道 2004年7月 【文化遺産】
・ 北海道 知床 2005年7月 【自然遺産】

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白川郷の”合掌造り”

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「合掌造り」は、山の形のような屋根の形が急な茅葺きの屋根を特徴とする昔ながらの住まいで、屋根の両端が本を開いて立てたように三角形になっているのが特徴です。積雪が多く、さらに雪質が重いという自然条件に対応できる構造になっています。建物は南北に面して造られており、これは白川郷の風向きを考え、風の抵抗を最小限にするとともに屋根に当たる日照量を調節して夏は涼しく冬は保温されるように考えて造られています。
 

合掌家屋の屋根の葺き替え(屋根の張替え)は、準備の日も合わせて二日間で行います。二日目には200名もの人間が必要となり住んでいる人はもちろん、その親戚、地域の住民、さらにボランティアの人たちが集結して短時間で作業を行います。葺き替えに使用する茅の量は、およそ1万束といわれており、これは4トントラック20台分で運べる量に相当するそうです。昔はこの量の茅を焼畑で栽培しすべて自給自足でやっていたと思うと驚きです。

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白川郷の歴史

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五箇山というのは平村、上平村、利賀村の地域の総称です。庄川沿いに5つの集落があって、それを「五ケ谷間」と呼んでおり、それを音読して「ごかやま」と呼ぶようになったと言われています。五箇山は山に囲まれ隔離されたような地域でしたが 金沢からの直線距離はわずか30キロと意外と近いです。 昔、加賀藩は、その地域の特性を活かして火薬の原料となる焔硝と和紙の製造地に指定し さらに政治犯の流刑地としました。 米の収穫がない五箇山でしたが藩の後ろ盾があり 焔硝と和紙、養蚕の産業などで栄えていきました。

しかし明治になると藩の協力もなくなり食糧が自給できないという地域的な弱さを を一気に露呈、生活は苦しくなります。明治期には多くの人が北海道に移住し最盛期の15年間では354戸も開拓民として移住したといいます。現在の白川郷にある棚田は、戦後の新田開発によるもので 元は桑畑だったという事です。 日本にある数少ない、ありのままの農村の原風景の景観の裏側には食糧を自給できなかったという大きな問題を克服した村全体の努力があります。

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